真夜中日記

雄弁は銀

三十歳目前にしてやっていること、やってみてよかったこと

どうもこんばんは、そしてこんにちは。真夜中です。

世間はコロナで騒いでいますがいかがお過ごしでしょうか。

 

我々のホームタウンことTwitterでも在宅が~満員電車が~という声をたくさん見ます。

まあ我々オタクにとっては家で無限に過ごすことなんて「何って…スマブラに飽きたからどうぶつの森をプレイしただけだが…?」みたいな感じかと思いますが、確かに家にずーっといるのは結構辛かったりしますよね。

 

近況としては四月から部署移動となり、本当に色々あった部署から変わりました。

まだ四月に入って数日しか経っていませんが、「本当に同じ組織か???」と思うことばかりです。つまりは労働環境が劇的によくなりました。

そのため、こういう日記であったり、家に帰ってから何かをしようという気分になっています。

 

ところで、私事ではありますが、今週末の日曜日で三十歳になります。

ついに三十歳かあという気持ちがあったりなかったりなんですが、前々からむしろ三十歳じゃないことに違和感があるような気もしていたので、「ついに」という気持ちが大きいようにも思っています。

何よりここ二年くらいで色々考えることが多かったのと、意外と新しくはじめてみようと考えて実践したことが多かったので、それを三十歳まであと四日前の段階でまとめておくのもいいかなあと思って筆を取りました。

 

ずーっと在宅でやることがないなあ、という方もこの日記を読んでみて「ほーん」と思ったり、何かの助けになればいいかなあと思います。

例によってつらつらと書き綴るだけですので、筋道立てるとか読みやすいという部分は考えずに進めていきます。

項目ごとに箇条書きで行いますが、番号が若いほどすぐに思いついた事項です。

 

① 筋トレ(継続して何かをすること)

これは人生部門においてもかなり上位に入るかもしれん。始めたのは去年の八月からだからまだまだ長期間やってないけど。

 

単に「筋肉は裏切らない」みたいな話だけではなく、タイミングとしても二十代後半から始めたというのがよかったのかもしれない。つまりは「継続は力なり」を実感することが出来たからです。

 

というのも、俺は学生のことから興味あること≒かっこいいと思ったことはなんでも触ってみようと思って色々やってきていて、漫画のレビューサイトを見たら漫画レビューサイトを作ってみたり、絵を描いている友達を見たら自分でも絵を描いてみたり、小説を書いてみたり、けいおんを見てギターを始めてみたり、バンドを組んでみたり。割と色々やってんな。

 

しかしやはり若いころ(幼いころ?)はすぐに結果が欲しいもの。

音楽とか絵は特にそうですが、毎日地道に続けていてやーっと効果が出てくるものだと話には聞いていたものの、なかなか体は言うことを聞いてくれないと。よくある話ですね。

 

結果的に絵も中途半端、ギターも中途半端、歌も中途半端、色々中途半端になっていると自分では思っています。これは「達成」というゴールをどこに設定するか、というのもあると思いますが。

 

で、筋トレを始めてみて思ったのは、あくまで個人の感想ですが、「絵が上手になるとかよりも毎日継続するだけで効果がめちゃくちゃ目に見えてくる」ということです。

 

いやそりゃ三日で腹筋が割れるとかそういう話ではないですけど、「一日一回の腕立て」でも十分意味があるということがわかったんです。

それは具体的な筋肉への効果ではなくて、モチベーション維持という効果が大きいのですけど。

 

ちょうど一年前くらいに読んだ「知の整理術」にも「習慣の力でやれ」と冒頭で出てくる。 

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つまりは「毎日何かをしない」という惰性も存在するが、「毎日何かをする」という惰性も存在するということだ。

 

だから、筋トレで言えば「とりあえず一回だけでも腕立てする」としておけば、しんどい時は一回で終わるけど、比較的元気な時は三回やってみたりとか、ちゃんとセット分けしてやるとかができたりする。

それが染みついてくると「あっ今日筋トレしなきゃ」と自然に思えたりしてくる。習慣って怖い。

 

始めた当初はチート・デイが~とかプロテインが~とかそういうことを考えがちなのだけど、とりあえずマジで「その回数意味ある??」と言われそうなことでも毎日やってみること、これはめちゃくちゃでかいというのを実感として知れたのは三十歳目前にして本当にラッキーだったと思っています。

 

そんなわけで継続することのパワーを流用して、前述した絵を描くとか、小説を書くとか、ギターを触るとかを再度行っていきたいと思っています。

 

 

② どういう人になりたいか考えておく

急にスピリチュアルっぽい話になりましたけど、これはオタクであれば誰でもあるであろう「こういうキャラに憧れる」ってものをちゃんと持っておこうみたいなことです。

 

十年前の俺がどんな風に十年後の自分をイメージしていたかはわかりませんが、今十年前の自分に会ったとすれば、過去の俺は「思ってたよりかっこいいやんけ」と思うような気がします。

 

キャラクターで言えば、アイアンマン(ロバートダウニーJr)、スパイク・スピーゲル(カウボーイビバップ)、貝木泥舟物語シリーズ)、五条悟(呪術廻戦)などなどが好きなキャラなのですが、大体一貫しているのが「普段おちゃらけてたり、無気力だけどやるときはやる、そしてなんだかんだムキムキ」みたいな奴らです。こういう男たちは我々大好きですから。

 

それになれるなれないとかいうのはこの際置いといて、「こうなっていきたいなあ」的な方向をある程度ぼんやり向いて歩いていくのは大切だと思います。

歩いて向かってもいいし、なんかちげえなと思ったら方向を少し変えてもいいし、調子がいい時は走ってもいいし、疲れたときは休めばいいし。

 

俺もこの歳になって気付きましたが、最初に決めたことを絶対に貫徹しなきゃならないというルールはどこにもないです。理念としては美しいかもしれないけど。

日本人だけの特徴なのかもしれませんけど、「男は泣き言を言わない」とか「本は絶対に最後まで読む」とか「給食は残さない」「転職する奴は根性がない」とか…挙げだすときりないですけどね。

これは先人たちがこうやってきたらうまくいったよという経験則に基づくものなので、先人たちと我々は別の個体なので「ほーんそういうこともあらぁな」くらいで必要な部分だけ切り取ってスクラップにしておきましょう。

 

ちょっと逸れましたけど、「自分がどうなりたいか」を在宅で時間ある時にA4のコピー用紙とプロッキーかボールペンで好きな音楽でも聴きながら書いてみると結構有意義な時間になりますよ。いかに自分に何もないかが明白になっちゃうって部分もありますけど。

 

③ 丁寧な暮らし

①の継続して何かをするってことにもかかってきますけど、日常生活を大切にした方がいいです。

具体的には確実に毎日やること。睡眠、洗顔、洗髪、歯磨き、食事…今俺が丁寧にやろうとしてるのはこの辺です。

例えば洗顔は一日一回は泡立てネット使って丁寧にやる、そんで化粧水と保湿ジェルと乳液使って、手の乾燥もあるからコットン使って同じことする、皮膚科の薬も保湿うんぬんが全部終わった後に症状が落ち着いてきても塗る。みたいな。

 

洗髪は最近美容室を変えて進めてもらったシャンプーがよかったのでそれを使ったり、頭皮用の化粧水があるのでそれ使ったら頭皮のかゆみが激減したので毎日使ったり。

 

 一応Amazonの貼っときますけど、多分定価より倍くらい高いので買わない方がいいと思います。ていうかこの「aujua」って会社はオンライン通販してないらしく、店舗販売しかしないポリシーらしいですね。だからむしろオンラインにあるのは大丈夫?みたいなやつらしいです。

調べれば販売店舗(美容室)出てくるので、近場にあればその辺行くのもいいんじゃないでしょうか。

 

あと最近やってるのは寝る前に白湯を二杯くらい飲む。

これやると翌朝やたら痩せてる。いや痩せてるっていうかなんか消化がすごい良い。筋肉がすごい見える。気がする。

 

とかまあ色々あるんですけど、日々毎日やっていることのクオリティを平均的に上げる…高級なものを揃えろとかそういう話ではないんですけど、そこを見直してみると格段に気持ちとしてのゆとりが変わってきます。

 

実際今使ってるシャンプーって四千円のやつなんですけど、使ったら四ヶ月くらい持ったので、月千円なら全然いーじゃん!(キュアスパークル)ってなりました。

 

④ よく使うものの買い替えとか掃除

③に近いけど、年度が切り替わったタイミングってのもあるので、毎日使ったり良く触るものを買い替えるのは良いです。

俺が最近買い替えたのはタオル、下着、仕事用のスーツ、ハンカチとかその辺です。他にも変えようと思ってるけど。

特にタオルとか下着はやっぱ気持ち違いますね。ていうか思い返してみるとこの下着三年くらい履いてるな…とかなりがちなので、少なくとも年一は変えた方がいいですね。

 

そして靴の掃除。

靴買い替えようかな~とも思ったんですが、とりあえず一回ちゃんと掃除するか、ってすると割と履きたくなります。マジで。

 

 

 

割と一項目ごとが長くなったので、とりあえずこの辺にしておこうと思います。

②の項目とかはまたもっと深く書き留めておきたい部分もあるので後々ピックアップしたものを書くかもしれません。

 

三十歳になるということにまだ実感はないですし、最終的には単なる数字だなあと思うのかもしれませんが、個人的に男が一番かっこよくあれる時期が三十代だと思っているので、そこに向けて色々やっていきたいと思います。

 

四月十二日が誕生日なので、祝ってくれるという方は俺の好きなキャラを描いてくれるのが最も喜びます。

今好きなのはキュアスパークル(ヒーリングっどプリキュア、平光ひなたというよりキュアスパークル)、ソニア(ポケモン剣盾)、立神あおい(キラキラプリキュアアラモード)、宇佐美いちか(同)、キラ星シエル(同)※この3人はプリキュア変身前が好きとなっております。

人から見た真夜中深夜と各キャラの関係性(こんな感じの話をしてそう)とかを絵にしてもらえると無限に家に飾ります。酒を奢りますのでよろしくお願いします。

 

最後に欲望爆発させてしまいましたね。この騒動が落ち着いたらまた飲み会やりましょう。色々なお祝いで。

 

筋トレをやっててこれはやってよかったなとかの話

どうも、こんにちはそしてこんばんは、真夜中です。

これは実況配信をするならこういうのにしたいなと思っていた時に考えた挨拶です。

 

ご存知かとは思いますが、8月上旬から仕事をお休みし、10月上旬から復帰しました。現在で2週目になります。

 

その話は今回は置いといて、休みに入ってからジム通いを始めました。

休み期間は週3~4くらいで行っていたのですが、仕事が始まってからはそこまでの時間は取れず、大体週2くらいに落ち着いています。

 

周りを見ていると、健康志向の高まりによってか、ジムに限らず運動を始めている人が多いような気がします。ダンベル何キロ持てる?も面白かったしね。

というわけで、約2か月ほどジムを続けて「もうちょっとこうしとけばよかったな」とか「これはよかったな」とか「これはやめとけ」という話をしたいと思います。

 

まあネットで調べればジムとか筋トレのやり方ってのは無限に出てくるんですが、知人からの情報の方がすんなり聞き入れられたり、参考にしやすいかもしれないので、よければ試してみてください。

 

思いついたままに書くので、番号が若い方が「よかったな~~」と思ってる度合いが高いです。後半に行くにつれて「まあまあよかったな」くらい。

 

①とりあえず行く

筋トレをしていて身に染みたのは「継続は力なり」という言葉です。

これって結果筋トレ以外にも言えることだと思います。絵の練習とか、スマブラとか・・・まあ毎日ちょっとでも触るってのが上達のコツなんですよね。

 

俺の場合は長期休みでかなり時間があったから、ご飯食べて落ち着いたし行くか、やることもないし・・・ってのがあったんですが、正直仕事しながらモチベーション保つのは大変だと思います。

 

まあでもとりあえず行くだけ行ってください。多分大体のジムは月額制だと思いますし。

行くだけ行って、とりあえず走ってみて普段触らないマシンをちょっとやる・・・これだけでも十分です。そこでやる気出たらやればいいし、出なきゃ帰ればいいです。別に誰にも責められないので。

 

そうやって行くのを癖にしとくとなんとなく体動かしたくなってきます。癖付けってやつなんですかね。

俺も歩いて行ったり自転車で行ったりするんですが、気乗りしなくてもとりあえず行くのは重要でした。

近しい意味ではありますが、「立地」を意識するのも大事かも。遠いと行くの結構パワーいりますしね。多少高くても近いところを選ぶのがいいと思います。

 

まああと目標決めとくのもいいですよね。俺の場合は「次の誕生日までに腹筋を割る」ですけど、これは後からついてくるような気もします。最初は「痩せる」だったので。

 

行く曜日を決めるとかもありだと思うんですが、仕事とか色々あると思うので、俺はとりあえず週2は確実に行くぞ、くらいです。

 

②記録する

やった内容を記録しておくと、ちょっと間が空いた時に「前どの重さでやってたっけ?」とか「前どれやったっけ?」とか思い出しやすいです。

 

俺が記録してるのは「日付」「種類」「重さ」「回数」「筋トレトータル時間」「その日思ったこと」です。あと一応Twitterに日記つけてる。

 

今日も行って来たんですが、

 

10/16

ラット 40 10×3

チェスト 20 10×3

ラテラル 25 10×1 32 10×2

~中略~

腹筋 15×3

トータル時間 1時間

ジョギング 最初に10分

コメント:全身くまなくできた!これをキープしたいね…

 

みたいな感じで残してます。携帯のメモで適当です。

各トレーニングが終わるごとにちくちくメモして次のトレーニング…みたいな感じですね。

 

③セット分けする(時間を測る)

②とちょっと近いですけど、1マシンで30回×1とかじゃなくて、10回×3にした方がいいです。何故なら最後のワンセットがとてもつらくなるので。

 

俺も別に専門家ではないのですけど、結局筋トレって筋肉に普段かからないような負荷をかけて成長させるのが目的だと思ってるので、正しく負荷をかけることと、「きつい!」ってとこまでかけないとあんま意味ないんですよね。

 

実際軽めに筋トレした翌日は筋肉がついてる実感あんまりないですし(体調悪い時とかは当然切り上げていいんだけど)。

 

正直序盤の方は「とりあえず俺は回数多くやるぜ!!」って鬼滅の伊之助みたいになりがちなんですけど、①の継続って面で考えてもそれは長続きしない…

 

なので、セット分けするのは結構重要です。

そんで類似としては「休憩の時間を測る」のも大事。俺の場合は携帯のストップウォッチを流しっぱなしにして1セット終わったら時間見て、大体1分くらい経ったらもう1セット・・・ってのを3回繰り返してます。

 

基本は10×3なんですけど、最後の1セットは+2回してます。

これはなんか最後に追い込んだ方が効果高いみたいなのを見たから。実際そこで頑張ると頑張った感がある。科学的には知らんけど。あと無理な時は無理。

 

加えて言うと、携帯でメモしたり時間測るってのをやってると、こうなんていうか周りからの目が怖くない。

というのもジムにきてる人を見てると、なんかずーっと座って携帯見てる人とかいて、正直休憩するならどいてくんないかな、、、と思うことがある。

いやその人の中ではセット分けちゃんとされてて1分休憩にしてるのかもしれないだけどね。

 

なので携帯でちゃんと記録して時間測ってるよ~って自分でも思ってればある程度占拠しても心が苦しくないので俺はやってますね。

 

④ゆっくりやる

③にも関連してきますが、1セットというか負荷かけるときにゆっくりやった方が多分効率いいです。

というのも筋トレやる時って無意識レベルで反動使ってるんですよね。

 

だからラットプルダウンで言うなら、引くのもゆっくりやるし、戻すのもゆっくりやる。そんで(あ~~~~背中の筋肉つれえ~~~~)って思いながらやる。

で、1セット終わったら時間見てみて、1セット1分とかかかってればめっちゃ頑張ったな、みたいな。

 

まあ結果負荷かけるのが目的なんで、反動使いまくって回数やっても翌日なんもないみたいなことになるんだよね。腹筋とかも同様。体を下すのをめちゃくちゃゆっくりやると気軽に死ねる。

 

⑤顔でめちゃくちゃ辛いのを表現する

なんだそりゃって感じだと思いますけど筋トレって負荷かけますよね?辛いですよね?それを顔に出していけってことです。

 

現代人は負荷がかかってもクールに済ませようとしますが、筋トレ界ではそれは多分不要。

ていうかめちゃくちゃりきむ顔なんてジムくらいでしか違和感なくできないから遠慮なく顔面崩壊させてください。

 

いやそりゃがっつり表情見えるマシンでやるのはちょっと抵抗あるでしょうから、最初は壁際にあるマシンとかでね。いずれはどこでも顔面崩壊できるようになるんで。

 

これにもちゃんと意味があって、大体筋トレで力むと歯を食いしばるような表情になると思うんですが、これをやるとあご肉が半端じゃないくらいなくなる。フェイスラインめちゃくちゃくっきりしてきます。

 

大体みんな肉を落としたいのが目的としてあると思うんで、顔の肉落ちるだけでマジですぐ印象変わりますよ。しかも表面化するのが早い。今すぐ全力で力め。

 

⑥段階的に負荷を上げる

記録するってのにも関わってきますが、ある程度期間が経ったら負荷上げましょう。

同じ重量でやってても「その重さを持てる筋力」までしか育たないです。当たり前ですけど。

 

上げるタイミングは人それぞれあると思うんですけど、俺の場合は「体調いい時」とか「気分がいい時」です。適当です。

今日も何日か間空いたので「ジム行きて~~」って状態で行ったので、全体的に一段階負荷上げたんですが意外といけました。まあ次回やってみて無理だったら戻しますけど。

 

友達が言ってたような気がするけど、「最初は一番軽くして、来るたび一段階ずつ負荷上げてく」ってのは最初からやってりゃよかったかなって気がする。

そんで⑤で言ってた顔がヤバいことになる負荷で一旦止めて、それがきれいに上げられるようになるまでやってまた上げて、、、ってやるのが一番効率いいのかも。

 

あと当たり前だけど無理に重いのを上げる必要はないです。筋肉が痛いとか筋が痛いとかになると全く意味ないので。

最初はフォームというかちゃんと筋肉に負荷かかってるな~ってわかる動きをして、そっから段階的に負荷あげていきましょうね。

 

⑦もしかしたら週2くらいでいいのかもしれない

最速でムキムキになるなら週5とかがもちろんいいと思うんだけど、実際毎日のように行ってると、パフォーマンスが悪い状態でやることになりやすいので、結果的にあんま意味ない筋トレになることが多かったです。

 

当初週4~5回、二日休み、週4~5回・・・みたいなペースでやってたけど、結果的に2日休んだ直後のジムが一番やる気も出るし、疲労も少ないから楽しくできるんですよね。

 

まあ人によると思うし、「筋肉痛なら他の部位をやればいい!!」って街雄さんも言ってましたけど、個人的には週2~3回というか、十分に筋肉休めてからやるのが効果的な気がしてきてます。

 

⑧全身やる

俺は優先して腹筋と胸筋って思ってたので、比重がそこに寄りがちなんですが、最近気が向いてやったことないマシンとか、過去にバスケやってたから筋肉あるやろwと思ってやってなかった脚とかをちゃんとやってみるとめちゃくちゃ辛くてワロタになりました。

 

あと気持ちかもしんないけど、全身まんべんなくやると全体が締まってくるので痩せ効果が強いような気がする。なんかネットでもそんなのを見た。

 

まあ気分転換としても「やったことないやつやるか」とか「とりあえず全部やるか」ってのでもいいと思いますね。

 

プロテイン飲む

きんにくんのyoutubeとかでも言ってたんですけど、たんぱく質をちゃんと摂ってないと生命維持のカロリーを筋肉からとっちゃうらしいですね(うろ覚え

 

だから肉というかたんぱく質はちゃんと摂れ!みたいな話。

大体通常生活して三食食べて摂取できるたんぱく質は40~50gらしく、できれば体重×1gのたんぱく質、筋トレマジでやるなら×2gくらいは摂れみたいな話だったので、ジム行った日とかそれ以外もたんぱく質は意識してます。

 

んで俺のプロテインって水100mlに対して20gくらい溶かすやつなんだけど、それで100キロカロリーたんぱく質15gくらい摂れるんですよね。

んで俺は筋トレ後に牛乳200mlにプロテイン二杯溶かして飲んでるからプロテインだけだと30g、そんで牛乳そのものが確か15gくらいたんぱく質あるからまあ40gくらいはそれで摂れるわけ。

 

体重が大体80kgなのでまああと半分くらいは普通の生活で摂れるやろみたいな感じです。

ジム行かない日もできるだけ低カロリー高たんぱくを意識してますけど、まあ基本は食べたいもの食べますね。

コンビニにプロテインバーとかあると思うんで成分表示見てみてください。大体一本100キロカロリーたんぱく質10~15gくらいあると思います。

 

逆にコンビニご飯とか成分表見ると「カロリーこんなでたんぱく質こんだけ?!!」みたいなのありますからそういうのだけ避ければいいと思います。

まあただ「プロテイン飲んだから筋肉ついてるわ~~」みたいな実感はあんまりない。でも筋肉痛は確かにすぐ取れる気がする。

 

⑩チート・デイ

まあこれはどっちでもいいような気がします。

⑨みたいに食生活なんとなく変えてジム行けば体つき変わってくるので

 

ただまあチート・デイってことにすれば免罪符になるので、そこはふざけた食生活するってのでジムへの継続意欲が出ればいいかなっていうメンタル的な面が強い気がする。

 

ジム行くと代謝上がるし、あとそこまで量食えなくなる気がするけどね。いやお腹は空くけど。

あと酒は飲みたくなったら飲め。

 

まあこんくらいですかね。なんか忘れてそうだけど。

筋トレすると筋肉付くってのも当然メリットなんですけど、やってる間他のこと考えなくてもいいってもでかいですよね。

 

それぞれ悩み事とか色々あると思うんですけど、運動してると前向きになるしさっき言ったみたいに考え事できない状況になるので頭すっきりする感じはあります。

 

以上、筋トレやっててこれはよかったなという話でした。

専門家でもなんでもないので「それだめ」とか「これいいよ」とかあったら教えてね。

 

もしかして今のモバマス・デレステは本当に面白いんじゃないか?という話

前回の「むしろ今のモバマスデレステは面白いんじゃないか?という話」

http://sou1728.hatenablog.com/entry/2019/05/12/233500

ではお世話になりました

 

このブログは自分の思考整理用に使ってたのですが、こうやって様々な意見を頂いたり反応頂けると素直にうれしい部分です

意見の内容としては賛成的なものと反対的なもの、ちょうど半々くらいのような感覚です。まあこれは人の意見ですし、私としては「ふざけんじゃねえこのボケ」という意見が全てだろうと思っていたので…

 

どうやら以前書いた「しきロスト」(https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=9694705)を読んでくださった方もいるようで、本当にありがたい

 

他にも話は書いているのですが、前回のブログに対してもらった意見(自分で拾った限りですが)について返答と言葉足らずな部分も当然あったのでその補足をしたいなあ的な二発目を打とうと思います

 

① 前回記事の最後の聞きたいことについて

 

前回の最後の方で↓

それに関連して担当プロデューサーさんたちに聞きたいこと集

・大原みちる、椎名法子はパン・ドーナツ以外の好きな食べ物って何?

・財前時子さんって今後どうするの?

島村卯月さん、笑顔って誰でもできるの答え見つかった?

・アナスタシアさんは日本語上手になった?

・十時、塩見、総選挙恐怖症になってない?

前川みく、元気か?

ほか色々あるけどほんと色々あっちゃうからまた会った時にでも

我こそは担当Pだという人は是非教えてほしい

↑の部分について「ここの部分が浅すぎる」という意見をもらったんですが、「はーそういう捉え方もあるんか」という感じでした

まあこの辺は人によるとは思うんですが(だからこんな挑発的なブログ書いてんだけど)、「公式から出ている以外の情報をイメージする」ってのは二次創作をやるというか、キャラを現実に落とし込む時の入り口として避けては通れないものだと思っていて、一番わかりやすいのは「好きな食べ物」かなあと思ってます

 

例えば一番上の大原みちる、椎名法子さんについては二人ともパン・ドーナツが好きってのは周知というかそういう売り出し方をしてるんだと思うんですが、このお二人も人間なので何も朝から晩まで全部パンかドーナツで、3日くらいならまだしも一か月とか一年もその生活を送るわけではないだろうし、なんならロケ先で弁当出たときとかどうしてんだろ、というのは疑問として浮かびやすいところなんですよね

 

何名かから回答いただいて、肉が好きだと教えてもらいました

へーそうなんだ、何の肉が好きなんだろ…まあ大原さんだとなんとなく牛肉かなあ、口でけーしかぶりつくのが好きな感じするし…逆に椎名さんは豚トロとか好きそうな気がすんな…焼き肉とか行くんかな…

みたいな空想は広がりました、ありがとうございます

 

あと大原さんはパンとカフェオレを合わせるのが好きという話も頂いて、あーこれはイメージしやすい!となりました

まあパンだけだと辛いしそりゃ飲み物飲むよね!ってところから、じゃあカフェオレ好きとしたらどのコンビニのカフェオレが好きなんだろ、逆にコンビニは飲まないのか?けど利便性考えるとコンビニだよな~、俺はセブンのカフェオレが量もあるしうまいからいいと思うんだけど今度話してみるか…

みたいな空想は広がりました、ありがとうございます

 

そんなことでわかったかと思うんですが、俺はモバマスデレステのキャラについてこういう話をしたいということです

 

まあもちろんこれは全部空想なので、根拠ねーじゃんと言われたらそれまでなんですけど、彼女らの人となりとか言葉を見て「なんとなくそれっぽくない?」というのを他人と話して「あーそれあるね!!」と謎の説得力を生み出すのがモバマスデレステみたいに無限に女の子が出てくる媒体だと超楽しいんですよね

 

さらには大原さんの例で言うように、それを元にしてキャラに自分から話しかけることとかができるわけですよ、すごくないですか?妄想

 

…というような妄想語り(我々はモバマス心配してるよゲームと呼んでいました)をそれこそ3~4年くらいやってきてるので、上述の質問なんてのはその辺をやってた人々は好きなキャラに関して言えば即答できるレベルの簡単な問いだと思うんですよね

 

各自好きなキャラについてのディテールを細かくしていって、それを会った時に話して「あーそれいいね、お前らお似合いだよ」って言われることを求めて酒を飲む

時には好きなキャラが被ることもありますし、バトル的な雰囲気になることもあったのですが(これは俺の反省点の一つでもあります)、間違いなくその経験があって今があるわけですから、一言であれば「キャラに対して誠実であること」というのはマジで二次元を具体化するには必要不可欠な気持ちだと思ってるところはあります

 

まあキャラの世界に自分を登場させるなんてとんでもない!みたいな考えも当然ありますし、今話したようなやつを「夢」というくくりで呼ぶらしく、それは2年前くらいに初めて友達に聞いて知りました

 

私個人の話をするのもあれですが、私は中2くらいからそういう発想で生きてきて、「好きになったキャラ(当然美少女)に相応しくなるため俺もがんばろう!」というところから服装や髪型に気を使ってみたり、人に気遣ってみたり勉強してみたり…というのを多少はやってきたので、むしろ自分が介入できないとあんまり興味を持てないみたいなところはあります

一見するとあぶねえ奴って感じしますけどこれ結構現実でも役立ってて、実際彼女出来た時とかその前とかそのノウハウ使えたりするんですよね

そしてそれがあると他の誰かが好きであろうキャラをブスとか言うってのがどんだけアレかってのもわかるとは思うんですよね

 

元々二次元の女の子を好きになるために努力して、その結果三次元でも生かすことができるってなんか良くないですか?そのキャラの力が自分の一部になってるような気がして僕は好きです

なので、自分の中で得た力ってのは好きになったキャラと紐づいてて、ちょっとおしゃれしようかなと思ったりしたのは明石裕奈で、ギターとか軽音楽始めたのは田井中律中野梓とか様々あるんですが、これを話すと元カノの話をしてるみたいで胃が痛くなってくるのでこの辺でやめておきます

 

まあ長くなりましたが、そういう「みんな好きなキャラの掘り下げってやってんだよね?」的な意味での質問集だったということです

それを「浅い」と一蹴するのであればきっと「そんなことはわざわざ言うまでもない」って意味なんかなあと勝手に想像してますが、言葉にしないと誰にも伝わらないんだよなあ、という気もします

 

それで言うと、コメントで頂いていた「AKYM」さん(勝手に紹介してすいません)の

記事にあってるかどうかわからないのですが、とりあえず書かせてください。
私は、宮本フレデリカPですが、フレデリカのことはあまり知らないです。
むしろ、様々な角度から彼女の魅力を見つけるのがPの仕事でしょう。
たしかに、何言ってるかわからないとか、適当とか目がこわいとか、うえきちゃんとか、高田純次とかいわれますが、本質はそこではないと思ってます。
かと言って、彼女は実はコミュ力が高く、気が利く子で、機転も利く頭の良さもあって、楽しい雰囲気をつくったり維持したりするのがすごいうまくて、フランス生まれの美人で、デザイナー目指してる頑張り屋なんですとかも言う気はないです。そういうのはまた彼女のファンがよく知っているでしょうし、そもそも基礎情報なので、彼女のことを全くしらないか誤解している人に丁寧に伝えるお話です。
変な話、彼女が枕をしていようが、裏の面があろうが、彼女を好きになれるのかというのがアイマスPの試練だと思っています。
それでも彼女を支えられるか。それが肝だと思うのです。
こういうほげほげちゃんはいやだなーとかいうのは、変な言い方をすると、売り方がうまくないPの言い訳でしょう。
そういう層がいるならそういう売り方もあるという参考になります。
公式、非公式(同人やSSなど)で多角的な可能性や、様々な期待がもてるからこそ総選挙などでも安心して推せるのだと思います。」

これはめちゃくちゃいいというか私が好きな考え方です。

特に、

むしろ、様々な角度から彼女の魅力を見つけるのがPの仕事でしょう。

変な話、彼女が枕をしていようが、裏の面があろうが、彼女を好きになれるのかというのがアイマスPの試練だと思っています。

このあたりは本当に素晴らしいと思います

そう、キャラを好きになるって不思議なもので、理屈として「何が良いのか」を考えるんですが、最終的には「なんだかんだあるけど好きなんだよな」となってしまうんですよね

 

だからこう私も人に「どの辺が好きなの?」とかすげえ質問するんですが、色々具体例を話してもらった後に「いやでもね…なんか好きなんだよ」という言葉が聞けると本当に好きなんだな…と思って拍手したくなります(たまにします

 

こういう「関係ないけど気持ちを言わせてください」みたいなのは本当に魂を感じるので良いですよね、ありがとうございます

 

② 話題に出てたキャラたちへの見解について

やはりキャラものというやつの特性上、記事内で登場したキャラたちに対する意見を頂きました(そりゃ質問とかしてるからそうだろって話ですが

まあ最近やってないのですがなんとなくのイメージはあるので、その辺を個別でちょっと返答してみたいと思います

 

塩見周子と総選挙

頂いた意見は全て「なるほど!」という感想を持ちました

特にしぐぴーさんの「彼女は選挙の結果というより応援してくれている人がたくさんいるという事実に重きを置く」という意見と、ナハトさんの「彼女は野心がある方ではないが、彼女を上位にしたいという人たちの熱が移って彼女自身も変わりつつある」という意見は本当にすごい

 

確かに(俺の知っている)塩見はクールっぽい気質ながら内心対抗心や熱意があって、ただそれを悟られないようにしている印象はあります

ただそうは言っても総選挙というものの特性上、形としては上下がつくわけなので、一位を取ってその後落下したという事実は彼女も感情を隠し切れないのではないかなあと思っていたんですが、一位を取ったことによる自信と、それを逃したことによる感情の目覚めがあるとしたらそれはもう大変にアツいストーリー展開になるからそれで一本誰か話書いてくれや…という気持ちになりました。ありがとうございます。

 

十時愛梨と総選挙

これは塩見の話と関連するのですが、俺が総選挙について考えていた時に書いた小説があります

まあ主題としては「総選挙1位から落下してほぼ話題にもならなかったキャラはどう思うのか?」ってのをストーリー仕立てにしたってやつで、結構前に書いた話ですけど気に入ってます

要は「初代シンデレラガールになり、その後総選挙で日の目を見ない十時は多分結構へこむけど、そんなとき真夜中(俺)というプロデューサーはどう言葉をかけるべきか?」というのを考えたみたいなことです

せっかくしきロストを読んでもらえたので、欲を出して宣伝しますので是非感想ください

とときナンバー(https://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=60552417

三年前でひっくり返った

まあ当然真夜中という私ががっつり登場しますのでその辺は承知しといてください

未だに十時愛梨って好きな人は多いけど、十時の暗い面まで見てる人ってあんまいないイメージなんだよね、俺が知らないだけか?

 

一ノ瀬志希

やっぱ一ノ瀬人気あるな!と感じました

まあ最近の一ノ瀬はよくわからん、というのが本音なところですが、まさかのしきロストを読んで感想を褒めて箱にもらえたので、そこで返事したいと思います

さすが俺史上一番読まれた小説だけある

 

◆夢見りあむ

なんか記事の中で名前出した割に全然触れてなくてごめん

なんかこうもうちょいしたら掘り下げるわ

 

③好きと嫌いについて

このパートは余談ですが、本筋とはあんまり関係ないところだよなあと思いつつも「嫌いの方が即時的」とかその辺の内容について結構意見ありました

俺も改めて読み返すと「即時的」っていう表現は語弊があったなと思うんですが、まあ好きより嫌いの方が熱として盛り上がりやすいよね的なことだと思ってください

 

この辺はもう本当に人それぞれなので私自身の考え方だと思ってもらえればいいのですが、「好き」と「嫌い」を色分けするのは大事なことだと思っているんですが、昔は「すべてをできるだけ好きであろう」という考えでした

多分22歳くらいまではそうだったのかなと思うんですが、当時見た化物語シリーズの猫物語内で、戦場ヶ原さんが「全部好きなんて、全部嫌いと同じようなものじゃない」みたいなことを言うシーンがあるのですが、それがめちゃくちゃ刺さったわけですね

 

確かに全てを好きとすれば区別がないわけだから、差別化するからこそ「好き」と「嫌い」が別れるんじゃないか、とそりゃそうだろって感じですが確かにそうだ!と納得した記憶があります

 

そこからは「好き」という前提はあるとしても、「この部分は好きじゃない」であったり「嫌いなところを明確にする」というのは意識するようになりました

そりゃ「これ嫌い!」と拒絶しまくるのは簡単なので、そういうスタンスではなく「好きを際立たせるために嫌いなものをはっきりさせる(語弊がある言い方ですが…)」というイメージで過ごしてみることで、「何がどう好きで何がどう嫌いか」という物事の輪郭がはっきりしたような印象はあります

 

当然全てを好きになるのは素晴らしいことだと思いますが、ごくごく限られた人間以外はそう生きるのは難しいことだと思いますので、そこで負担を自分にかけていくより、うまくバランスを取るための自衛として「好き」と「嫌い」を明確化したというような感じです、自分の中では

 

そして「好き」と「嫌い」を比較すると「嫌い」の方が反応が早いというかわかりやすい気がするんで、まああんな書き方になったみたいな話です

 

いや、ただ前の記事日本酒すげえ飲みながら書いたからそこまで考えてたかって言われるとすげえ微妙なんだけど

まあそんな感じです

 

◎ 最後に

なんか思ってたより長くなってしまった

というのも皆さんからの反応が結構あってそれに嬉しくなってしまったからでしょう

そもそもの前の記事を投げたのは、「もっと話せる人、いるんだろ?!」という感じで思い切って書いたのですが、結果的にそうなったみたいでよかったです(よかったか?)

 

別にこうケンカしたいとかそういうことではないのですが、これが元になって公式の部分でない「あなたのキャラ」について話する人が増えてくれるともっと楽しくなっていくんだろうなあと思っています

 

やはり夢見りあむの登場によってもしかして本当に面白くなってきているのかもしれない、モバマスデレステ

 

そんな私は二年前からプリキュアにハマっています

今やってるスター☆トゥインクルプリキュアも面白いですし、女の子たくさん出てくるので良いですよ

今回は一応オチみたいなものを作ってみました

 

 

むしろ今のモバマス・デレステは面白いんじゃないか?という話

積極的にアイドルマスターシンデレラガールズに触れなくなって二年くらいが経っただろうか

多分新アイドルが実装されるはるか前、それどころかシャイニーカラーズが配信される前からもうモバマスにはそんなに触れてない

 

そんな中で自分の中の「一ノ瀬志希」観を出したらちょっと燃えた

要は「今の一ノ瀬志希って誰なん?」という話をして、主観も主観の小説を書いてみたら人生で初めて知らん人から「最近やってねえくせに(最近モバマスに触れてないことは前書きに書いた)舐めた口聞くんじゃねえよ」とか、Twitterで画像リプで「うるせえよ」ってのが来て、「(俺は独自解釈の小説書いたから)画像レスじゃなくて自分の言葉で語んな」とリプライしたらそのままブロックされたりした

 

なかなか衝撃的というか刺激的で、「インターネットで言葉のバトルすんのおもしれえな!!!!!」となりました、僕は友好的なので

 

まあその辺は俺のしきロスト(https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=9694705)を読んでもらうとして(ちょうど一年前くらいで驚いた)、またちょっと違った話、というか今のモバマスとかデレステとかの話をしようとふと思い立ちました

 

そうなったきっかけは「夢見りあむ」その人です

 

というより、「夢見りあむ」を好き(嫌い)な人の意見見るのめっちゃおもしれえ!!!!!というのが今回の動機です

そこで気付いたのが、自分自身かわいい女の子(ここでいうアイドル達)も好きだけど、アイドル達を好きな人たちのことを知るのも好きだということです

 

俺がアイマス系から離れた理由は「つまんねえ」というのがあったんですが、それをもうちょっと掘り下げると「(公式から出たストーリーやコミュを額面通り受け取って「尊い」とか言い出す奴ばかりで自分の意見が何もねえ奴ばかりで)つまんねえ」ということだったみたいです、今さらながら

 

モバマス時代からの友人が多いので、やはりTL上には新アイドルうんたら~とかの話題が多くて、新アイドルである吸血鬼の子?とメイドみたいな子の話は「はあそうですか」という感じで、双子の子は「なんかユニークな長門みたいな妹だな」くらいの印象しかなかったのですが、夢見りあむについては「好き」と「嫌い」ではっきり分かれていて、軽く検索しても「憎い」くらいの意見が出てきて、それだけで結構わくわくもんでした

 

というのも、「嫌い」のエネルギーは「好き」より即時的だと俺は思っているからです

 

人に対して「好き」って言うより「嫌い」って方が言いやすくないですか?

現実の人間であれば状況や環境に左右されがちですが、実際に存在しない二次元のアイドルを「嫌い」だと発信するのかなり容易いことだと俺は思います

 

そして「嫌い」というパワーは掘り下げるだけその人の奥底が見えてくる気がするのです

 

「好き」を具体化するとふわっとした言葉になりがちですが、「嫌い」を具体化すると露骨です

それを聞くと「この人はこんな人なんだ」ととても良くわかるから、それを見るのが俺は好きだということです

 

だから俺は好きなアイドルの話を聞きたがりますが、欲を言えば嫌いなアイドルの話を聞く方が楽しいんです

 

閑話休題

 

だからこそ「夢見りあむ」が所謂炎上するのは、この場所には良いことだと思っていて、むしろ「今君が好きなアイドルが夢見りあむと同じことを考えていないと100%言い切れるのかい?」というところが気になるんです

 

元を辿れば、「担当」という呼称が好きじゃない理由はそこで、「担当を名乗るのであれば、アイドルたちがネガティブになったり、『辞めたい』と言い出した時に食い止められる自信があるならそう名乗ってくれ」という気持ちが強くあるからです

 

彼女らは二次元です。存在しないものです

そこは確定されているとしても、全員「人間」だと言うことは大前提です

人間であるならうれしい時も落ち込むときもあるわけで、アイドルと言う仕事をするならなおさらでしょう

それを支えていくのが「プロデューサー」という仕事なわけで、人間一人支えることを軽く捉えてくれるなよ、というのが俺の本音です

 

「たかがゲームに何を」という意見を否定はしません

ただ俺は「架空のキャラクターを愛せない人が現実の人間を愛せるわけがない」と思うので、少なくともそういう気持ちでやってくれる人が増えてくれば、もっと人生が面白くなるし、自分自身の糧になると考えているからです

それらを嘲笑するのであれば、それはそれなりの人生になるのでしょうし、それを否定はしませんということです

 

りあむはよく「ちやほやされたい」と言うようですが、それは人間誰しも持つ感情でしょうし、それを誰かと比べること自体がナンセンスだろう

りあむの発言を聞いてドキッとしたアイドルたちは他にいるだろうし、むしろそれが引き金となって「私何のためにアイドルやってるんだっけ?」と考えてしまう子もいるんじゃないだろうか

 

自分がプロデューサーだと認識しているなら、りあむを見てりあむに対してどうこう言うより、その二歩くらい先の未来を見て「自分の好きな子(担当)が同じことを言いだしたらどうするかな」ということくらいまでは考えておいて欲しいということです

そしてそこで自分なら好きな子(担当)に「お前にはこうなってほしいと思うから俺はプロデュースしてるんだ」と言えるような人間が増えてほしい

 

っていうネガティブな側面まで含めて、話し合える人が増えてくればもっと面白くなってくるんだろうなあという話です

だからこそ、りあむの登場がきっかけでそういう考え方を持つ人が増えてくるんじゃないか?と思い、むしろ今のモバマスデレステは面白いんじゃないか?と考えて日記を書いた次第です

 

それに関連して担当プロデューサーさんたちに聞きたいこと集

・大原みちる、椎名法子はパン・ドーナツ以外の好きな食べ物って何?

・財前時子さんって今後どうするの?

島村卯月さん、笑顔って誰でもできるの答え見つかった?

・アナスタシアさんは日本語上手になった?

・十時、塩見、総選挙恐怖症になってない?

前川みく、元気か?

ほか色々あるけどほんと色々あっちゃうからまた会った時にでも

我こそは担当Pだという人は是非教えてほしい

 

なんだかんだ面白いコンテンツなんだよなあ

だから「離れている」と言いつついつでも戻れるような気がしているし

結局一度好きになったものは自分を構成する物質としてずっと残り続けるということなんだろうね

 

特にオチはありません

 

実際プリキュアライブがすごかったという話

そんなわけで昨日今日で開催されたプリキュア15周年ライブに行ってきました
ライブ自体は三回公演で、一日目夜、二日目昼、夜という流れでしたが私はラストの二日目夜参加ということで

いつものように備忘録兼感じたことをネタバレありで綴っておきたいと思います

ライブの大事なところを流れで見ると
①歴代主格プリキュア(着ぐるみ)が一人ずつ口上と変身ポーズ
②歴代OPを現在から遡り披露
③主格プリキュアの持ち歌(あるいはED)披露
、合間にトーク
④歴代主格プリキュア声優の口上
⑤次期プリキュアOPと映画主題歌
⑥歴代EDメドレー(昔→今の流れで)
⑦アンコールにて初代OP
という感じでした

もうこれだけでもボリューム感がすごいんですが、当然と言えば当然ですが全部の曲は知らなかったわけです、特にキャラソン

だからその曲が流れてるときは「あぁこれ知らねえな」とか「次の曲でサプライズであおい来ねえかな」とか思ってたんですが、途中で気付いたのが「俺が知らない曲でも誰かが喜んでるんだろうなあ」ということ

そりゃ当たり前だろってところなんですが、それに気付いた時、自分の中にめちゃくちゃぶわっとした感覚が芽生えました

というのも、ライブの年齢層は見た感じ二十代前半から四十前半くらいまではいたのかなというところでしたが、それくらいの年齢であれば何かしら日常生活において理不尽な叱責を受けたり、うまく行かないことがあったり、辛いことが絶対あると思うんです

そんなときは最終的には自分で立ち直るしかないとは思うし、わかっちゃいるんですが、自分一人で立ち直るってのは限りなく不可能に近いと思うんです

そうなると友達に相談する、親に相談するという人に頼ることもあるし、本を読む、映画を見るとか創作物に頼ることも方法の一つで、その中にも当然「プリキュアを見る」ってツールもあるわけで

実際私も去年辛かった時期に嫁がちょうど見ていた「プリンセスプリキュア」を見ていて、何もわからないまま入学した主人公のはるかがわからないなりにもやってみよう、と奮闘する姿を見て頑張らなきゃなあと思ったり、上向きになるための何かしらのきっかけを得たりしたわけです

つまり今日のライブに来ていた人たちは、歴代全てじゃなくとも、何か落ち込んだときや辛いことがあったときにプリキュアの主人公達を見て勇気をもらったり、立ち直るきっかけを得た人たちなんだろうと
そしてそれぞれに好きな作品やキャラがあり、その曲を聞くためにここに集まっているんだと思うと、15年という長期間で1作もブレることなく人に感動を与えてきたプリキュアという作品の重厚さの輪郭がはっきり見えたような気がしました

正直、ライブとしての楽しさで言えばプリキュアアラモードのライブがずば抜けてはいると思いますが、それは私個人として思い入れがあったり、当然曲も全て知った上で参加してるわけだから当たり前と言えば当たり前で
ある意味作品として単品でライブをやったものに参加できたのはかなりの幸運だったなと思うわけで

ただ昨日の今日のライブは、それを待ち望んでいた人たちが参加しているわけで

そう考え出すと、ライブに参加している以上の人数に何かを与えているこの作品が持つパワーというのは限りなく貴重な気がしてきました

というところが私がぶわっとしてしまった部分の説明になります


好きな作品としてはプリキュアアラモードなのですが、実際今回最も感動してうるうるしたのはフレッシュプリキュアのED「H@PPY TOGETHER」でした

後ろのスクリーンにEDの映像が流れるわけですが、それを見て「あぁフレッシュプリキュアが最初にちゃんと見たプリキュアでこのEDめちゃくちゃいいんだよなあ…」と思うとなんとも言えなくなってしまうわけです

これはきっと他の人も個々に思い入れがあるプリキュアがあるわけで、それがこのライブで積み上がってると考えると本当にどれだけの幸福感があの会場にあったのかは計り知れません

このライブ、二年前から企画されていたそうで、そこからスケジュール合わせというのがめちゃくちゃ大変だったそうです
そしてこの冬に体調不良もなく予定していたメンツが全員揃ったことは本当にすごいことで、人生でそう何度も見られない光景であったことには間違いないでしょう

またプリアラライブの時から見ている宮本さんがMCで感極まっていたことや、他の出演者の方々も感極まっていたのが本当に印象的でした

最後のMCでは「またね」という言葉が聞けたことから、きっと5年後の20周年や、その先のことも考えてくれているんだろうなと思うと本当にありがたいと思います
プリアラが今年の春映画で卒業となるので、どうしたもんかと思ってましたが、その5年後(まだわかんないけど)を楽しみにするのが、また一つの生きていくきっかけになったような気がします

このプリキュアという作品を大事にしてきて、これからも続いて行くからよろしくねという大きなメッセージを感じたようなライブでした


比較的まともな話が多かったので他にも余談を

これどのライブでも当たり前なのかもしれないけど、会場にあった時計表示って開演すると消える仕様なのね
時間を気にせず楽しめよ!ってことなんだろうけどそういう配慮ってすごいなあと思った

あと今回六列目だったんですが、美山加恋さんを最後かなり近くで見られて本当に最高だった
なんかプリアラライブのときより落ち着いてらっしゃるように見えて、きれいな人だな…と改めて思った

プリアラで言うと今回美山さんが歌ったのはウサギフトというプリアラアルバム2の個人曲だったけど、めちゃくちゃ好きなやつだから本当にありがたかった…
というのもプリアラライブはアルバム1の曲が中心というかプリアラライブ後にアルバム2が発売になったから当然2の曲をライブでやるってのは機会がなかったわけです

だからその中にあるAile ってあおいの曲もめちゃくちゃあおいの曲って感じで好きだからライブで聞きたいなと思ってて、未だその機会は来てないわけだけど、今回の美山さんでウサギフトをやってくれたのは本当にありがたかった

人数の関係とかはあるだろうし、現実的にはかなり厳しいんだろうけど、やっぱりフルメンバー揃うライブを見てみたいというのは捨てきれないよな…
なんならピンクの日、ブルーの日、イエローの日みたいに分けてもいいんじゃないかと思うけどもうとりあえずまたやってくれ頼むそれだけだ

そんなことで帰りの新幹線の中記憶が薄れないうちにと書きました

次回またアニバーサリーライブをやるのなら、是非全通していこうと思いました

真夜中深夜

池袋晶葉と一ノ瀬志希の雑談

※ オチは特にありません。こんなとりとめもない話をしてそうだなというだけです。

 

「私、コーヒーあんま好きじゃないんだよね」

深夜の来客に何も出さないのは、いくら研究者気質である私と言っても、さすがに常識がないと疑われるかと思い、インスタントコーヒーをマグカップに入れて差し出したところ、とんでもない返事が返ってきた。

「もとい、今はコーヒーの気分じゃない!っていうかね」

私はふん、と鼻を鳴らし、一ノ瀬のその態度に対して不機嫌を隠すこともしない。

「それなら外の喫茶店でも行くがいいさ。いくらでもお前の好みの飲み物を出してくれるだろう」

そう言って私は彼女に背を向けて元々座っていたデスクに座りなおした。

「いやいや、怒らないでよ晶葉ちゃん。冗談、じょーだんだからさ」

こいつの冗談は一体どこからどこまでが冗談なのか線引きがわからん。

「まあ、今のは冗談ではないけどね」

と、マグカップに口をつけてコーヒーを飲む。

「結局気分次第ということだろう」

私はパソコンの画面を見ながら言った。私のマグカップはもう空だ。

「だって人間だもの。気分があるのは人間だけじゃないの~?」

「犬とか、猫くらいにはあるんじゃないか」

空のマグカップを手に取り、もう一杯コーヒーを淹れる為に炊事場へ向かいながら適当に答える。

「そうだねえ、さすが晶葉ちゃん」

「一ノ瀬、暇なら帰っていいんだぞ。むしろ私としてはその方が助かる」

ケトルで湯を沸かす。いずれ私の怒りもこの湯の温度を超えそうだな。

「ひどい!せっかくこの辺りをうろうろしてたら何故か事務所の電気がついてて雑談でもしに行くか、なんなら飲み物の一杯くらいは出るかもしれない!と思ってここまで徒歩でやってきた私に対してその言い草!」

「飲み物の一杯は出してやっただろう。そしてここまで来るにはエレベーターという選択肢はあったはずだ」

一ノ瀬に入れてやったコーヒーより少し値段の高いドリップ式のコーヒーを淹れる。これは私物だからな、私のものをどのタイミングで飲もうが私の自由だ。それが客人に安いコーヒーを淹れてやった直後であってもな。

「そもそもお前、雑談なんてするタイプか?」

もう一ノ瀬がこの事務所内にいるだけで私の作業がスムーズに進行することはないと判断したので、彼女が座る応接セットのソファの対面に私は座った。

「何を仰る。雑な談話と書いて雑談。雑な言葉と書いて雑言だよ」

「雑言は罵り言葉のことだろう」

「毎日、毎時間、毎秒も難しいことを考えてたら疲れない?晶葉ちゃんはそれで疲れてるんじゃないかなと思って心優しい志希ちゃんはその雑言をしにきたのじゃ」

「さっきのコーヒーに対する文句が雑言ということか?」

一ノ瀬はわざとそういう話し方をする。そういう奴だ。

「ま、適度な息抜きも必要じゃない?ってこと。今日ずーっと事務所にいるんじゃないの?」

プロデューサーか誰かから聞いたのだろうか。というより、そもそも今日は統一のオフ日だ。定休日とでも言えばいいのか。

「ま、家に居てもやることもないからな」

これは本当だった。元来私は家で勉強や仕事をするのが苦手なのだ。「仕事の場」としてセッティングされている事務所に来た方がスイッチが入りやすい。事務所に来ること自体がスイッチになっている、と表現した方が適切か。

「へー、私は家に居る方が考え事しやすいけどね」

「そうか、お前とは話が合わんな」

「軽い雑談でそこまでハッキリ言われるとは………」

どうやら私は私が思っている以上にコーヒーの件を根に持ったのかもしれない。

すっかり冷めてしまったであろうコーヒーに一ノ瀬は口をつけた。

「ねえ、私と晶葉ちゃんの違いってなんだと思う?」

唐突だ。いや一ノ瀬の話は大体が唐突なのだが。

「身長、体重、声、顔、目の大きさ、鼻の高さ、口の位置………挙げだすときりがないだろう」

「後半ちょっと私への悪口になってるけど、そうじゃなくてさ~」

「そもそも私とお前は別人格だ」

「それはそうなんだけど、今晶葉ちゃんが言ったのってあくまで物理的な違いでしょ?確かに人によって身長とか体重は違うけど、同じ『人間』ってカテゴライズされるわけじゃん、そこに対する違いっていうか~」

訳のわからん、そして理由のわからん議題、まあ雑談の類だろうが微妙に論理的なことを言ってくるから一ノ瀬の相手は厄介なのだ。

「そういうことなら価値観とか思考とか、そういう部分は違うだろ」

「コーヒーの好き嫌いとか?」

「それもひとつだろうな」

「でもそれってさー、先天的なものじゃなくて後天的なものじゃん。コーヒーが好きになるように環境を整えてあげればそうなる可能性もあるんじゃないの?」

コーヒーが好きになるような環境ってのはなんだ。味覚は外部的な要因には寄ってこないんじゃないか。

「あくまで過程の話だからさー」

「結局何が言いたいんだ、お前」

こういう思考ゲームみたいなものをしながらコーヒーを飲むと、あまり味を感じなくなる。だから私は人と食事しながら喋るというのが苦手だ。

 「結論なんてないよ、雑談だし。ただ、全く同じ環境、同じ育て方で二人の人間が育ってきても違いって絶対出るじゃん。それって何が原因なのかなあってふと思っただけ。逆に環境が違っても思考や価値観が合致する場合もあるじゃん。なんで?」

「なんで?と言われても、特定できるわけないだろう。それこそその個人が影響された経験が複雑に絡み合って思考や価値観を形成している、という他ない」

「私も晶葉ちゃんと同じような研究とか好きだし、きっと重複してる研究もあると思うんだー。けど何でコーヒーの好き嫌いが別れたりするんだろうね、不思議」

お前は別にコーヒーが嫌いなわけじゃなくて、嫌いな時もあるってだけだろう。

「それはそうかも」

「適当な奴だ」

「前に読んだ本でさ、不老不死を目指す科学者が『人間は生きてさえいれば尊い命という価値は変わらない』って言ってて、もう一人が『ただ生きているだけでは人間とは言えない。魂が存在しなければ』って反論するシーンがあったんだよね」

「唐突な奴だ」

「でもこれってさ、なんとなく私と晶葉ちゃんの価値観の違いに似てない?」

「もちろん私は後者側だろうな、そうでないと困る」

「私も前者全肯定じゃないよ?今は………だけど。それはともかく生きているという事実だけがあれば、それは人間扱いできるってのは一つの現実としてあるんじゃないかなーって私は思うっちゃ思うわけ」

「それを人間というか、生命として扱うことはできるだろう。生きているのは事実なんだから。ただ生命があるからと言って人間かと言われればそこには歪があると思うがな」

「人間の形はしていないけど脳が残っていて、生体機能は維持している、みたいな?」

「極端に言えばそうだ。人の形を保っているという視覚的な要因もあるかもしれんが、そうなるとその『人間扱いする側』も精神的にそれを人間だと認識できるように自分を保つ必要が出てくるかもしれんがな」

「そう、そこなんだよね。それってつまり魂があるかないか、ってところに帰結するじゃん。私は魂ってのは科学的に解明できないものだし、科学的に生きているという証明がなされれば、それは絶対的な事実として扱っていいものだと思ってたの」

「それを事実として扱うのは別に問題ではないさ。ただそこには魂というものは存在する。人間として扱うとか、それもそうだが科学的な面だけで推し量る以上のものがこと人間においては存在するしそれを無視するのはある意味人間でなくなるということだろ」

一体何の話をしているんだ、私たちは。

「私、晶葉ちゃんを見てて一番不思議なのはそういうとこ。科学者という理論とか理屈に基づいて動く畑の人なのに、科学で測れないものについて結構重要視するじゃん」

「それは前提として科学自体が人間によって作られたものだからだ。そこで人間と言う存在を無視して科学を語ることはできないだろ」

 「人間原理?」

「ちょっと違うんじゃないかそれは」

「私はきっと科学は科学って割り切ってた気がする。というか私自分のことを人間じゃないかもって思ってた時あったし」

結構衝撃的な発言だな、それ。

「私から見てもお前は立派な人間だよ。さっき言ってたろ、同じ人間と言うカテゴリの中にいるって」

「それで言えば、科学者ってカテゴリの中にも属してるもんね」

「ま、そういうことでいいだろ。もうコーヒーもないから帰ってくれ」

「志希ちゃん、晶葉ちゃんとあんまり共通点ないと思ってたけど、もしかしたらそんなことないのかも」

そう言い残して、一ノ瀬は帰っていった。

 

 

創作についての振り返り

 

以前何かの機会で「あまり本を読まない」という話をした時に、「めちゃくちゃ本読んでると思ってた」と言われたことがある

確かに、一応二次創作をやっていて、というかなんとなく自分の中にあるものをこねくり回してある程度読める「話」としてリリースしているし、自分の書いた話をまとめた本も作ったことがあるが、それは全て「文章」という媒体だった

そりゃ文章という媒体で創作をしているのであれば、「この人は本が好きなんだろう」と思われてもしょうがないと思う

ただ、本当に俺は子供の頃から本を読まなかった。本で言うなら圧倒的に漫画を読む機会の方が多かった

 

どの漫画を読んできたかという話をすると、今まで食べたパンの枚数を覚えているのか?という質問と同じになってしまうので、どんな文章(小説とか)を読んできたかを数える方が早いだろう

あくまで記憶の中で探ることになるが、まあ読んだけど覚えていないという記憶にすら残っていない文章は読んでいないと同義と判断して、それを踏まえて最古に読んだ小説は「ハリー・ポッターと賢者の石」のはずだ

調べてみると日本語版の発刊は1999年で、俺が9歳、まあ小学校3年生くらいと考えれば確かにその辺だったような気がする

 

記憶を呼び戻すとすれば、はっきりした記憶があるのは大体小学校1年生くらいで、小学校に入学する時に当時最新だったニンテンドー64が発売されて、入学となればそれを買ってやる(小学校受験だったので)と父親に言われたことをよく覚えている。

結果受験に成功した俺は見事ニンテンドー64とマリオ64を手にして、ゲームにのめりこんだ。そこですっかり虜となってしまった俺はその後発売されたポケットモンスター緑にも没頭、有名どころのゲームは大体手を出しているはずである

当時はこのゲームと並んで漫画も台頭していたので、周りの友達も熱中していた。だからと言ってはなんだが、本を読んでいる暇もなかったし、定期的に訪れる読書感想文という意味のわからない宿題をこなすために適当に選んだ小説(のようなもの)を読んで適当にそれっぽい感想文を書いていた気がする。

確かうちは小学校の夏休みの宿題が選択制で、ポスターか読書感想文か書道みたいな感じになっていたので、一番楽だと考えたのが読書感想文だったわけで、まあその程度くらいにしか活字だけの本には興味がなかったのだろう

本と言えば漫画をよく親にねだったものだし、あんまりにもゲームと漫画だったので親から幾度となく叱られた記憶がある。親から直接言われた記憶はないが「ゲーム(漫画)ばかりだと馬鹿になるよ」という通説はよく聞いていた

 

そういわれても、俺には活字ばかりの本の何が面白いのだろう?という疑問は子供のうちに答えは出なかったのである

 

そんな生活を送ってはいたが、ハリー・ポッターシリーズはあまりに周りで流行っていた

当時通っていた塾の先生がこのハリー・ポッターシリーズに大層熱心だったので、是非読んでみなさいと勧められた記憶がある。この塾の先生はいまだに付き合いがあり、基本的には優しいが違う部分はちゃんと叱る、怒るでなく叱るという方だったので、当時から好きだった。それもあってハリー・ポッターシリーズは読むことにしたような気がする。

曖昧だがその話を親にして親が誕生日かクリスマスプレゼントか何かで買ってくれたような記憶もある。「本かよ・・・(つまりゲームとかがよかった)」と思ったような記憶もあるので、まあもらったし読んでみるかという気持ちだったような気もする。嫌な子供だ。

 

とはいえ今でもそれが最初に触れた本だという記憶は残っているので、そこそこにハリー・ポッターシリーズは読み進めた。なんだかんだで続刊も読み、炎のゴブレットくらいまでは読んだ記憶がある。逆に言えばそれ以降は読んでいない。

確かに続刊を親にねだった時は幾分かスムーズだったような気もする。ゲームをねだるときと比較してだが。やはりゲーム<活字の本という不等号が世の中にはあるのだろう

 

ただし、そこから真夜中深夜が活字ばかりの本に没頭するようになった………ということはなかった。

その後読んだ本として覚えているのは小学校6年生だかの時に読んだ「秘密室ボン」という小説だ。今調べてめっちゃ懐かしい

これを読んだ動機というのも当時好きだった女の子に貸してもらったからというなんかもう今と何も変わってねえじゃねえかという動機なのだがまあそういう理由で読んだ

内容は正直あまり覚えていない。確か男が暗闇の密室に閉じ込められて、ゲームマスターのような男にヒントを出されつつ脱出を目指すみたいな話だった気がする。まあせいぜい当時好きだった子と接点を持つために読んだくらいのものだろう

 

その次に覚えているのはバトル・ロワイヤルの小説版。これは確か中2くらいだったか。何故か教室の共通文庫の中にあって、思春期真っただ中でそういう過激なものを読みたいという意識があったのか、特にバトル・ロワイヤルを読みたいという気持ちがあったわけではないが、同級生の中では順番待ちをするほどの人気だったので手に取ってみた、とかそんな感じである

これについては意外と内容を覚えていて、というか面白かった気がする

まあ当然過激な描写も中にはあったが、当時の俺でもそこまで過激というほど過激には感じなかったし、ドキドキハラハラを求めて結構な速さで夢中になって読んだような気がする

 

そして当時からすでにオタク気質、今になって思えば美少女主義みたいなものになっていた俺はライトノベルを読み始める

多分ネギま!に傾倒し始めた時期だと思うが、その頃は「涼宮ハルヒの憂鬱」とか「灼眼のシャナ」とか「ゼロの使い魔」とかが出てた時期のはずなので、ハルヒとシャナは読んだ。ハルヒは多分全部読んでる。シャナは面白くなかった。

そう思うとハルヒ化物語シリーズを読む前にハマっていたので自分の文章に結構影響を与えているような気がしないでもない。多分俺が当時やっていたサイトで書き始めた小説もそんな感じだった気がする。

今もネットの海にさまよっているかもしれないがそれを掘り起こしたくはない。所謂黒歴史というやつだ(一応検索をかけたが見当たらなかった、よかった

とは言ったものの、今の俺がやっていることはその黒歴史と同じようなことで、変わったことと言えばそれを俺が恥ずかしがらなくなったというだけのような気もする

 

あと確か中学くらいの時に「活字の本を読むのはかっこいい」と思ってブックオフかで「グロテスク」という本を読んだ気がする。内容は全然覚えてない。主人公の女性が、男性と話すときに自分と男性の間に子ができたとしたらどんな子だろうと考えるのが性癖だみたいなことを言っていた気がする。

 

そしてその後大学になってからか?アニメで偽物語を見てハマり、原作を全て読み、そこから創作でも西尾維新をオマージュしたようなものをやっている、というようなざっくりした本の経歴になる

今まで話した本を全部合わせたとしてもせいぜい20冊くらいのもので、世の中には一か月で10冊とかそれ以上くらい本を読むような人もいるという話を聞くと、俺が読んできた本の数なんて屁のようなものだろう

 

それなら何故創作をするときに小説を媒体を選んだのか?という話をすると、それはある種の「逃げ」だったと言わざるを得ない

というのも、元々俺はイラスト方面で創作をしたいというのがあった

考えてみれば至極当然のことで、ゲームや漫画、ビジュアル的なものに触れることが多く、さらにかわいい女の子が好き、となれば普通は絵を描くだろう

そしてそれをHPという媒体を通じて公開し、ちやほやされたいと考えるのがまあ通常だし、自分でもそう思った

さらに言えば友人に絵を描く人間が多かった。セメントはその最たる例だが、友人に物書きを中心とした創作をする人間は当時いなかったような気がする。いや、もしかしたらいたかもしれないが、多分俺はそれを読んですらいない。

そして見様見真似で俺は絵を描くという行為をスタートするが、これがまたうまくいかない。

今となってはある程度、本当にある程度描けるようになったとは思うが、自分の中で納得がいくものはたまーにしか描けないし、描けたといってもせいぜい人物一人か二人だ。それ以上の絵は描いたことがない。漫画なんてもってのほかで、読むのは好きだが描いたことはない。

それなのに今も液晶タブレットは持っているし、なんなら当時ペンタブも買った。練習という練習は多少やってきたが、まあ絵を描く人間からすればそれこそ屁のような練習量だったし、自分の中でも部分的に必死になって練習した日はあれど、その時興味があること、例えば楽器だったりスポーツだったり、その辺に夢中になってたまに気が向いた時にやるくらいだったと思うし、今もそれはなんら変わっちゃいない

 

なんとなく自分の中で「自分の好きな子は自分で上手く描きたい」という心理があって、好きなキャラについてはそれなりに描けたりするし、よく言う「真夜中深夜との絵」についてもできれば自分で描きたいと思っているが、悲しいかな力量が追い付いていないのが実情だ

しかし俺としては自分の好きな子の話はしたかった。さらに言えば自分がいかにその子のことを好きで、いかにお似合いであるかを周りに誇示したかった。それをするためには自分の絵の上達を待つのはスピードが遅すぎたのだ

そうなると、スピードが速いのは文章だった、それだけの話である

 

中学生くらいの頃、ネギま!のキャラでめちゃくちゃ惚れた子がいた。そして俺はその子の話を当時のSNSにある絵チャットの中で存分にした。

絵を描けない立場(というか自分で納得できなかった)ので、絵チャットと言えど俺が絵を描くのは時々だったような気がするが、とにかくよくしゃべった。ノートパソコンを親父からおさがりかでもらったので、そこで夜な夜な自分とキャラの話、最近認知した呼称で言えば「夢小説」というやつをはちゃめちゃに披露した。

ありがたいことにそれを容認してくれた人は多く、その友人関係は今も続いている(人もいる)。それが当時は楽しかったし、数年前までやっていたモバマスのキャラについて話すものなどそれがルーツであるのは間違いないだろう

 

そんなわけで、絵を描くことが自分の創作に対する優れた媒体、やりたいことだったのが、自分の怠慢によって実現せず、手っ取り早く、さらに賞賛もされた文章というものに形を変えていったというのが変遷ということになる

 

そして社会人になりかけの頃だろうか、それくらいの時期に「自分の中の感情や思っていることを出力するために、自分とキャラを登場人物として物語を描き、それに感動する人がいればうれしい」という考えに至り、そこからやっと「俺は小説を書く方が向いてるのかもしれない」と自覚したというわけである

 

特段小説家になりたいと思っていたわけでもないし、正直絵に比べれば文章の方が遥かにSNSに対して弱い、つまり目に付く率が低い、つまりつまり褒められる率が低いということも承知しているので(そうじゃないと思ってる方にはごめんなさい)、そういう面もあってその考えに至るまでかなりの時間を要したのだと思う

しかし西尾維新物語シリーズに触れて、「文章だけでもここまで人を笑わせたり、感動させることができるのか」と感銘を受けて、心のどこかで文章を馬鹿にしていた俺はその考えを改めることにした、と言えば恰好は付くかもしれない

 

まあ元々キャラの話についてブログでつらつらと語ったりはしていたので、それをきれいにするというか、なんかこう読んでもそれっぽくなるような形に作り替えたのが「あきはラビット」「きらりスター」「とときナンバー」ほかの創作になっているというわけです

 

 

というのが振り返りみたいなものになりますが、京極夏彦さんの魍魎の匣を読みました

これは嫁からおすすめされたというのが読み始めた動機で、京極夏彦さんは名前しか知らなかったです

 

その貸してもらった本は俺が知る中で最も分厚い文庫本で、今見ると1000ページが一冊になっているものだからもう見ただけで割とうんざりするボリューム

実はというとなんですが、1年前くらいに一度トライして10分の1くらいまでは読んだのですが、そこから興味が持てず、ずっと読んでなかったんですな

それを最近読み始めて、一週間くらいか?それくらいかかったけど今さっき読み終えたということです

 

それでいうと最近あれだな、空飛ぶタイヤは読んだな

これは長瀬智也が映画に出てるってので興味を持ったけど結局映画より先に小説を読んですっかりハマった、みたいな感じです

その流れで魍魎の匣も読みましたが、まあすさまじい話でした。

 

さっき言ったようにボリュームが半端じゃないと思うので、いや空飛ぶタイヤの上下巻を合わせればそんくらいか?にしても長いし登場人物も多いし、内容がディープというか世界観を理解するまでに500ページくらいかかるので前半で辞めちゃう人が多いんだろうなあみたいな印象でした

 

 

読んでみて思ったのは、きっと本でもなんでも「読むタイミング」ってのはあるんだろうな、ということ

多分だけど、この魍魎の匣を5年前に俺が読んでいたとしても記憶に残ってないような気がするし、内容が理解できなかったような気がする

それを今読んですげえ話だと思い、こうやってそういや文章ってのものはそこまで読んでこなかったなという振り返りを書きたくなってるから、決められたタイミングってのはあるのかもしれない

そして読書感想文ってやつも「感想を書くために読む」んじゃなくて「読んでから思ったことを書く」というのが源流なんだろうなと改めて思った

でも思ったことをストレートに表現するって恥ずかしいものだし、それをちゃんと飲み込んだうえで表現するってのはもしかしたら結構精神的に成熟しないと難しいのかなあと思いました

 

結局魍魎の匣の感想文ではなくなりましたが、なんとなくアウトプットできたので終わりにします